Column

病院長コラム

医療とAI

 いまや「AI(人工知能)」という言葉を聞かない日はないほど、私たちの生活のあらゆる場面にその存在が浸透してきています。かつては人間の専売特許であった直観や思考も、AI の発展により再現されつつあり、将棋の世界ではプロ棋士がAI に敗れるようになりました。医学の分野でも、AI はすでに医師国家試験に合格できる水準にまで達しており、各種の画像の診断もできるようになり、その精度の高さに驚かされる事例が次々と報告されています。 

そのAI の中でも、いま最も多くの人が手にするようになったのが「ChatGPT」です。専門的な知識がなくても、誰もが簡単に利用できるこの対話型AI は、文章の要約、メールの作成、言語翻訳、コードの作成などあらゆる事務作業において幅広い用途で活用されており、社会に大きな影響を与えています。私自身も使い始めの頃、その優秀さに衝撃を受けました。最近では、患者さんから「ChatGPT ではこう言っていたけれど、どうなんでしょうか?」と尋ねられることすらあり、その存在が医療現場にも深く入り込み始めていることを実感しています。 

ChatGPT の誕生には、AI の進化を支えてきた3 人の科学者の貢献があります。ジェフリー・ヒントン、ヤン・ルカン、ヨシュア・ベンジオの3 名は、ディープラーニングの礎を築いたとして2018 年にコンピュータ科学のノーベル賞と言われるチューリング賞を受賞しましたが、彼らの研究がきっかけとなり、自然言語処理の分野が飛躍的に進歩した結果生まれたものです。 

ChatGPT の基盤となっているのが「大規模言語モデル(LLM: Large Language Model)」です。その構造には「Transformer」という技術が用いられています。この仕組みは、テキストを細かい単位である「トークン(token)」に分解し、それぞれのトークン同士の関係性(注目度)を数値化して次に出現するであろう言葉を予測する、というものです。たとえば、[a, b, c, …]という一連のトークン列を受け取り、「このあとに続く最も確率が高いトークンは何か?」を統計的に導き出すのです。ChatGPT は数億~数兆とも言われる数値化した言語情報単位から学習し、無料版では最大16,000 トークン、有料版では最大128,000 トークンまで同時に処理できるなど、そのスケールは圧倒的です。 

ただし、注意すべき点もあります。ChatGPT が導き出す答えはあくまでも「確率的な予測」であり、常に正しいとは限りません。たとえば最新の医学情報を学習していない場合があったり、学習元の情報が誤っていた場合(学術雑誌の論文であっても、時代が変われば間違いであったことが判明することは往々にしてあります)、それをそのまま出力してしまう可能性があります。また、AI は主に英語圏のデータを中心に学習しているため、日本の医療制度や文化的背景を十分に理解していないという限界も存在します。 

したがって、ChatGPT はあくまでも「アシスタント」として使うべきであり、「AI がこう言っているから」といって鵜呑みにしたり、それを他人に押し付けたりするような使い方は厳に慎まねばなりません。 

さらに大切なことは、ChatGPT のようなAI は、私たちの病院が基本理念に掲げる「愛と奉仕」の精神を体現することはできません。たとえば、患者さんとの「心の繋がり」や「信頼関係」といった人間ならではの価値は、どれほど精巧なAI にも再現できないものです。 

私たちの病院は、「信頼」や「安心」、そして「心の繋がり」を最も大切にする病院でありたいと思っています。「職員」と「患者さん」の間の関係をどのように温かいものにしていくか、接遇のあり方を常に見直し、あるいは職員教育を常に施しております。さらには医療従事者間においてもその連携を深めるような、診療所との「二人主治医制」や、「気胸ホットライン」や「急性腹症ホットライン」など、様々なネットワークを築きながら、より良い医療の提供を目指しています。もちろん、まだまだ足らぬところもあるかと思いますが、AI からではなく、皆様からのご指導があってこそ成熟していくものと考えます。そして、AI が進化していく今だからこそ、私たちは人間にしかできないこと、すなわち「寄り添う医療」のあり方を再確認し、その価値を守っていくべきだと感じています。