Column

病院長コラム

認知バイアス

現在、新型コロナウイルス感染症に対する緊急事態宣言が東京に対して発令されていますが、さらに延長が決まりました。しかし、今回2度目となる緊急事態宣言下において、誰もが、「電車の乗客数は以前と同じ」「特に日中は相変わらずあちこちに人々が繰り出している」と感じておられることと思います。その一方で、医療機関に受診する方々の数は明らかに減っていて、定期通院の方々も予定通りに来られなくなり、やっと来られたときは手遅れと言っていいほど原疾患がひどく悪化してしまっている例も増えてきました。なぜこのような乖離が起きるのでしょうか。

なんらかの災害の時に人が行う意思決定には、実に様々な「考えの偏り(バイアス)」が生じると言われています。東日本大震災の時にそのことが取り上げられ、大きな問題となりました。専門的には「認知バイアス」と呼ばれる「物事を誤って認識し、誤った行動をしてしまう原因となる、心の働きの偏りや歪み」には、すでに100種類以上のものがあると言われています。そして災害やリスクに対しても、様々な認知バイアスが働きます。たとえば「これくらいは普通の範囲だ(正常性バイアス)」「自分だけは大丈夫(楽観バイアス)」「前回警報が出たけれど結局大丈夫だったから(利用可能性ヒューリスティック)」「みんなと同じ行動をしていれば大丈夫(集団同調性バイアス)」などがあり、いずれも今回の緊急事態宣言後であっても人々の行動がそれほど変わらない事を説明できるバイアスです。一方、医療機関へ行く人が減っている理由としては、今回の感染症が流行しはじめたころ、多くのポスターや報道で「病院は危ないところ」と思われかねない周知がなされたことに基づいて、「人間は得よりも損の方をはるかに回避しようとする(損失回避バイアス)」「自分の中にいったん生まれた考えに対して、都合のいい情報ばかりを無意識的に集め、反証する情報を集めようとしない(確証バイアス)」等が次々と後押ししているためと思われます。
確かに病院ではクラスターが発生していますが、東京都の最新の統計では、都内で発生したクラスターのうち医療機関での発生は全体の15%に過ぎず、1番多いのは企業内(27%)と報告されていて、最近は家庭内感染が急増していることと合わせて、医療機関がことさら危険だというわけではないのです。そして今やどこの医療機関も感染対策に最善の注意を払っています。宣言後であっても混雑している街中のほうがはるかに危険だとさえ言えるほどです。「認知バイアス」は人間の心理の本質に関わるものであり、それを廃絶することは不可能ですが、このような有事のときこそ、正確な情報の入手と冷静な判断が極めて重要ではないかと思われます。

私ども赤羽中央総合病院ならびに医療法人社団博栄会グループでは、できうる限りの感染対策を講じ、幸いにもこの1年間を通して今もってクラスターや院内感染は起きておりませんが、これらの偏見を少しでも解消し、安全安心な医療環境をさらに整えて行くべく、日々努力していく所存です。

2021年2月
赤羽中央総合病院・院長 廣 高史