Column

病院長コラム

自粛の功罪

 まだ6月だというのに、記録的な猛暑となっています。熱中症患者の数が日毎に増加しており、あちこちでけたたましく救急車がサイレンを鳴らして走り回っています。熱中症は、とくに高齢者においては室内で発症することが最も多いと報告されていますが、それは加齢により体温調節機構が低下し、かつ「暑さ」を感じにくくなることに加えて、「電気代がもったいない」という昔からのイメージがあってエアコンをあまり使わない事がその理由とされています。その上に、さらに昨今の「自粛」ムードで、感染を怖がってずっと家におられるがために、余計に熱中症になりやすくもなっているようです。

 「自粛」は確かに感染の流行を抑止するには有効だったかもしれませんが、それによって生活習慣が変化し、あるいは失われたものも多々あります。前回のコラムでも触れましたが、厚生労働省の調査によると、自粛期間中、12%の方が食事の量が増え、39%の方が運動量が減り、その結果、平均3.7kg体重が増加し、11%の方が飲酒、4%の方が喫煙が増加したとされています。また19%の方がゲームをする時間が増えたとのことです。また病院での健診控え、受診控えにより、癌など重要な疾患の発見も遅れがちになっているのも、前回特に肺癌の例をあげてお話したとおりです。横浜市立大学の調査報告(2021年9月)によると、自粛期間中早期胃癌の発見が36%減り、早期大腸癌でも33%減少、進行癌になってから大腸癌が発見される例が68%も増加したとのことであり、明らかに受診控えが早期発見を遅らせ生命予後にまで影響を来していることがわかっています。

 「自粛」ムードにより、科学技術が大幅に進歩した面は確かにあります。在宅テレワーク技術であったり、医療の世界ではリモート診療であったり、家にいながら高度な知的作業ができるようになりました。外出できなくても、3D-VRメガネを装着して仮想現実の世界を飛び回ることができるようになり、しかも自分だけでなく他の人と旅やデートができる「メタヴァース」と呼ばれる先進的な世界までもがネットで作られています。ただ、同じ空気の中で相手と目と目を見つめ合ったり、肌と肌が触れあうことすら全くできない世界で本当の人間の触れあいができるのか、医療においても直接脈を取ることすらできない世界で果たして正しい医療ができるのか、今までのリアルな世界に比べて失ってしまうものの方がまだまだ多いような気がします。

 私共は、現実の世界の中で、直接ふれ合う医療を大切にし、積極的に受診していただける病院でありたいと考えています。そのために、最近は内視鏡検査など、病気の早期発見のための検査システムを大幅に充実させ、あるいは最近話題となっている帯状疱疹ワクチンなど病気予防のための方策にも積極的に取り組んでおります。